現調から始まった、画像でのコミュニケーション
施主様は遠方にお住まいの方でした。便利屋イマスグのWebサイトを見つけてくださり、お問い合わせをいただいたのが始まりです。時々こちらに戻ってご自宅の手入れはされていたものの、畑まではどうしても手が回らない状況。ご近所への配慮から、防草シートを施工して景観を整えたいというご希望でした。
立ち合い不要での現地調査が無料、という当方の対応も、安心材料の一つだったとお聞きしています。現調に伺った際に撮影した畑の画像に、こちらで気になる箇所への質問を直接書き込み、メールで施主様にお送りしました。施主様からも丁寧にお返事をいただき、メールの往復だけで施工内容を詰めていきました。
最初から最後まで、施主様は現地に立ち合われていません。それで構わない旨をお伝えし、すべての工程の進捗を画像と動画でBox共有することで、遠方からでも現場を見届けていただける形にしました。
ご近所への挨拶から始める2日間
作業は刈払機やチェーンソーを使うため、エンジン音が周囲に響きわたります。だからこそ、現調の時にも、作業当日の朝にも、両隣・斜向かい・裏のお宅に必ずご挨拶に伺います。決して不審者ではないこと、これから2日間お騒がせすることをお伝えする。
施主様は遠方。日々この場所で暮らしているのは、ご近所の方々です。施主様に喜んでいただくのはもちろんですが、ご近所の方々への配慮を欠いては、ベネフィットクリエイターの仕事とは言えません。
天地返しという、時間のかかる選択
今回の現場で、私が特にこだわったのは「天地返し」でした。機械で表面の雑草を刈り取って終わりではなく、手作業で土を掘り返し、地中の根を可能な限り除去する工程です。
これをやらずに防草シートを施工しても、表面上は綺麗になります。でも、地中に残った根が時間をかけて再生し、シートを押し上げて再び雑草が顔を出してくる。それでは「雑草対策」という本来の目的が果たせません。
天地返しの後は、何度も何度も清掃を繰り返しました。小さな根や石の破片を一つずつ拾い、土を平らにならし、転圧をかけて整地する。地味で地道な作業ですが、ここを省くと最終的な防草シートの効果と耐久性が変わってきます。
効率化できない手間と情熱。これが便利屋イマスグの仕事の根幹です。
雑草・残置物撤去から防草シート施工完了まで。
(実質3日間。雨天1日を挟んだため、最終工程は4日目に実施)
岩の粉砕 ── 耕作放棄地ならではの想定外
天地返しを進めるうちに、土の中から大きな岩が何度も出てきました。長年耕作されていない土地には、こうした想定外の事態が眠っています。そのままでは整地も防草シートの施工も適切にできません。
ツルハシを手に取り、岩を粉砕していきます。これが人生で初めてツルハシを振り下ろした瞬間でした。振り下ろし、砕き、拾い、運び出す。機械では対応できない作業です。「同じ現場は二度とない」── この仕事をしていると、そう実感します。
整地転圧 ── 下地が仕上がりを決める
岩の除去が終わったら、プレートコンパクターで転圧をかけます。表面を叩いて固め、防草シートが密着する均一な下地を作る工程です。転圧前と転圧後で、土の表面の質感が明らかに変わります。
お隣さんからの、新玉ねぎ
作業1日目、汗だくで雑草と残置物の撤去をしている私たちに、お隣の70代くらいの女性が「ご苦労様」と声をかけてくださいました。冷たい飲み物の差し入れまでいただいて、作業の合間に深く頭を下げました。
2日目、現場の様子を見たそのお隣さんが、こう言ってくださいました。
「こんなに綺麗、ここまで丁寧に作業される業者はまずいないよ。本当にすごい。自分たちもやるからよくわかる。疲れたでしょ」
── 南房総市和田町・お隣さん(70代女性)そう言って、お隣さんはご自分の畑で採れたばかりの新玉ねぎを、わざわざ持ってきてくださいました。ご主人と二人、満面の笑顔で見届けてくださっている。その光景に、私は素直に嬉しかった。
「自分たちもやるからよくわかる」── この一言が深く胸に残っています。農作業を日常としている方だからこそ、機械での表面処理と、手作業による天地返しの違いが分かる。私のこだわりを、誰よりも正確に見抜いてくださった瞬間でした。
施主様は遠方。でも、現場には人がいた
作業完了後、施主様からはご丁寧な返信をいただきました。長年手つかずだった畑のこと、近頃の荒天のなかでの作業への労い。そしてご家族皆さまからの感謝の言葉と、母屋まで気にかけていたことへのお礼。遠方にいながら、現場の全てを受け止めてくださったのが伝わってきました。
施主様は遠方。けれども現場には、日々ここで暮らすご近所の方々がいる。施主様の喜びと、ご近所の方々の安心。その両方を実現できた時、私は「ベネフィットクリエイターとしての仕事ができた」と感じます。
「素直に嬉しい。ただまだまだ。でもこれが俺のスタンスだという自負」── ご近所の方から労いの言葉をいただくたびに、私はそう感じています。
余韻として残る、新玉ねぎ
いただいた新玉ねぎは、まだ食べていません。2日間の疲れと充実感で、久しぶりに妻と外食をしました。冷蔵庫で待っている新玉ねぎを、いつどう調理するか。それを考える時間も、この仕事の余韻として、悪くないものです。