CHAPTER 01
20社、辞めました。
資本金100億越えの株式会社から、大手ECサイト企業、家族経営会社、飲食店、現場の請負の個人事業主のもとでも。
業種は全部バラバラ。でも辞めた理由は、いつも同じでした。
陰でズルい奴が評価される。
本気で向き合う人間が、貶められ嵌められる。
他人の会社でも、自分の会社として向き合い、
他人の売上でも、自分の売上としてとにかく動いた。
でもそれは、周りの仕事量を増やすことでもあった。
ねたみ。やっかみ。ひがみ。にくみ。うらみ。つらみ。
群れで直談判され、私は負け、限界で暴発し、崩壊して去る。
20回、同じことが起きました。
CHAPTER 02
売上を立てた私が、
クビになった日。
最後の会社では、新規プロジェクトを社長に直談判して立ち上げ、売上まで獲得していました。
それでも、クビ宣言を受けました。
専務以下の業務負担が増えたから。貶められ、嵌められたから。
社長は、私の話を一度も聞かずに、一方的に切った。
その瞬間、心が急激に閉じました。
自分は、社会不適合者なんだ。
その後の1週間、私は暴飲を続けました。
足の指先に水脹れができました。急性糖尿病のような症状でした。
医者に「このままだと糖尿病になる」と言われた。
体が先に壊れて、私はやっと気づきました。
「勤める」以外の道を、初めて視界に入れたのは、このときでした。
CHAPTER 03
それでも、まだ違った。
家電修理の個人事業主として登録しました。元請から仕事を受ける立場で。
でも、ここでも評価されたのは、なんとなくの判断で、壊れてもいない部品を交換し、結局は改善しないから「やっぱり買換えの必要があります」と誤魔化して案件を終わらせる人間でした。
件数をこなす人間が偉い世界でした。
私は原因追及にこだわった。
今どきの修理は、本当に故障している部品を特定して交換するのが修理マンの仕事です。故障の原因が機械なのか、使用方法なのか。洗濯機の場合、9割は使用方法でした。柔軟剤や香りボールの大量投入が、乾燥経路の目詰まりやモーター負荷を引き起こす。だから適切な量の使い方や、お客様の生活背景を失礼のない範囲で伺いながら、代替案をお伝えしていた。
修理1件で終わらせるんじゃない。
「二度目の故障」というストレスから、お客様を解放することこそが、本当の仕事だと感じていた。
でも元請は、1件あたりの時間まで管理していた。
修理が終わって喜んでくれたお客様が「ついでにこれも」と相談してくれても、次の予約があるから断らなければならない。
本当の自分の顔じゃない。
そう思いながら毎日を過ごした。
ここも辞めました。
CHAPTER 04
「便利屋イマスグ」という
名前の、本当の意味。
家電修理を辞めた後、ある小冊子で見つけた便利屋に飛び込みました。
最初は所属先の名前の名刺を持って、現場に出る毎日でした。
ある11月下旬の、夜7時すぎ。
一本の電話が鳴りました。
娘の引越し先に来たんですけど……ロフトの天井のシャンデリア、6つのうち5つが切れているんです。娘はこんな暗い中で生活していて。不動産屋はもう休みだし、こんな遅い時間にどこに頼んだらいいかわからなくて」
電話の向こうで、お母さんは困り果てていました。
私は、すぐに向かいました。
作業を終えて、明るくなった部屋でお母さんが言った言葉を、私は今でも忘れません。
──その瞬間、私は気づきました。
世の中には「今すぐ来てほしい」と
願っている人がいる。
でも、その願いに応える場所が、どこにもない。
家電修理の現場では「次の予約があるから」と困りごとを断っていた私が、ここでは「今すぐ」を全力で叶えられた。
20社で潰され続けた人間が、初めて自分の存在意義をまっすぐ受け取った瞬間でした。
私は決めました。
自分の屋号は
「便利屋イマスグ」にしよう。
困っている人の「今すぐ」に、いつでも応える人間でいよう。
私自身が、そうしてほしいと感じるタイプだから。